脳の病気まるわかり

– 覚醒下手術 –

 

覚醒下手術(Awake surgery)とは

 

文字通り、手術中に患者さんが起きておくものです。

 

何故患者さんに、手術中に起きた状態になってもらうかというと、それは患者さんの手足の動きや思考、言葉などに異常を来たしていないかを直接確認しながら手術を進めるためです。

 

患者さんが脳の病変を摘出している最中に全身麻酔で寝ている場合、摘出が終わり麻酔から覚めてみたら言葉も出ない、手足も動かない、という状態になっていたら取り返しがつきません。このような事態を回避するために、手術中から患者さんに起きてもらい、患者さんに簡単な指示に従ってもらいながら手術を進めるものです。

 

手足の運動機能については覚醒下でなくとも確認する方法はあります。それは、運動誘発電位モニタリングというものです。脳にある手足の運動機能野を刺激すると、全身麻酔中で患者さんが眠っていても、筋弛緩薬さえ入っていなければ刺激した脳の部位に一致した部位の手足の筋肉が動きます。ですので、この動きを筋電図記録して確認しながら手術を進めるものです。この方法の弱点は、手足の全ての部位を網羅することが困難であること、そして筋電図の変化に偽陽性(麻痺がないのに筋電図反応が悪化すること)や偽陰性(麻痺があるのに筋電図反応の変化が乏しいこと)の可能性が否定できず、患者さんが麻酔から覚めるまでわからないという点です。

 

言語機能や思考については、このように筋電図反応でみることはできません。ですので、覚醒下手術の代替方法として確立したものはありません。しかし、最近では脳の言語関連領域の一部を刺激して、他の部位で記録する方法を用いて言語機能に関わる脳のネットワークを確認する方法(皮質-皮質間誘発電位;cortico-cortical evoked potentials)などの方法が検討され、一部では実際に使用されています。

 

このような手術を無事成功させるためには、脳神経外科のみならず、麻酔科、そして脳機能評価に携わる言語聴覚士や生理機能専門の医師の連携が欠かせません。ですので、どこの病院でも出来るわけではなく、主に大学病院が中心となって行っています。なお、2015年からはAwake surgery学会が中心となって施設認定制度ができました。講習を受けた脳神経外科医・麻酔科医がいること、そして一定の覚醒下手術件数をこなしていること、という条件をクリアできれば施設認定が下ります。ただ、施設認定がなければできないというわけではありません。

 

手術中になぜ全身麻酔を行うのかというと、痛みを感じないようにするため、そして動かないようにするためです。

 

脳神経外科手術で痛みを最も強く感じるところは、頭皮を切っている時です。その他、硬膜を切る時も強い痛みを感じます。ところが、脳には痛覚を感じるための感覚受容器は存在しないので、脳を切除されているときに人間は痛みを感じません。ですので、脳の病変を切除する際には、開頭と閉頭のときに眠ってもらえばいいのです。

 

また、手術中に動いてもらうと困りますので、眠ってもらったり、筋弛緩薬を使っていますが、頭部については専用に頭部固定ピンで固定していますので、動くことはできません。手足については、自制できるだけの精神状態にあれば眠ってもらう必要はありません。

 

 

覚醒下手術の適応

 

このように、覚醒下手術は脳の機能を術中に確認するためには最適な手段の一つであります。但し、患者さんが手術中に起きていながら痛みを感じず、自由に動くこともできずに、更に医師の指示に従えるような状態になっておくのは容易なことではありません。

 

ですので、是非とも必要で、覚醒下手術以外の方法を行う場合と比較して明らかなメリットがある場合に適応になると考えられます。実際には、脳の内部の病変に対して脳の一部を切る必要があるときになります。具体的には、言語関連領域、運動関連領域、そしてその間を結ぶネットワークに絡んだ病変が適応と考えて下さい。

 

言語野は、右利きの人の殆どでは左大脳にありますので、左大脳の病変の方が適応とされることが多いです。言語機能のある脳を優位半球と呼びます。優位半球がどちらにあるのかは、脳血管造影検査を応用したWadaテストやMRIを利用した機能的MRIにより判定します。

 

ただし、確認したい機能の障害が進んでいたり、意識障害があるなどの理由で、指示に十分に応じることが出来ないような状態であれば覚醒下手術中に機能評価を行うことが困難と予測されますので、適応外になります。

 

年齢としては15~65歳までが適応と考えます。14歳以下では手術中に指示に応じることができない可能性があります。同様に70歳以上の高齢者では麻酔の覚醒が不十分だったり、認知症や不穏状態などが原因となって十分に指示に応じることができなかったりするので、覚醒下手術を遂行することが難しいケースが増えてくると思われます。

 

対象となる病変としては、脳腫瘍、てんかん、脳の血管腫などが挙げられます。

 

 

覚醒下手術の実際

 

覚醒下手術を行う場合、術前から周到な準備が必要です。

 

まず、術前に言語機能の評価を受けてもらい、また術中に行う言語機能検査をこなせるかどうかを確認しておきます。また、患者さん本人に前日までに実際に手術室に入ってもらい、実際にベッド上で寝てもらって手術中の状況を再現して、理解してもらいます。この際、ベッド上で斜め向きなどのやや不自然な態勢になってもらい、手術中にずっと続けてもらうことになりますので、どこかが痛くないか、不快感はないかなどとチェックします。

 

言語刺激で術中に行う検査内容の基本は、①数字を数える、②ものを見てその名前を「これは○○です」と答える、③簡単な質問に単語で答えるといったものです。

 

手術中には脳を電気刺激しますので、けいれん発作が起こることがあります。術前または術中にはてんかんの予防薬を使用する必要があります。

 

いよいよ当日、麻酔医はまず頭皮の神経にブロック注射を行います。頭皮には、眼窩上神経、頬骨側頭神経、耳介側頭神経、大後頭神経、小後頭神経などの神経があります。これらにブロック注射を行うことで、開頭・閉頭時の痛みを抑えます。麻酔には、長時間効果のある特殊な麻酔を使用します。

 

患者さんは、このあと暫く眠っています。次に患者さんが起きたときには、頭が開いて脳が露出した状態になっています。脳の周囲には清潔な敷布が掛かっていますので、患者さんの顔の周りには敷布で視界がやや狭いかもしれません。麻酔医や言語機能評価を行う医師の顔は見えますが、手術している脳神経外科医の顔を直接見ることはできません。頭部は、専用の頭部固定ピンで固定され、頭を動かすことはできません。

 

十分に麻酔から覚めたら、脳の局所に微量の電流を流して電気刺激しつつ言語や運動の反応を確認します。十分に大きな電流(5~12mA程度)を流しても正常な反応が得られた場合、その部位に重要な脳機能は存在しないと判断します。逆に、ある部位を刺激すると言語反応に異常が出たり、手足が勝手に動く、もしくは動かなくなるといった反応があれば、その部位には特定の脳機能があると判断します。病変の存在部位と脳機能分布の位置関係から、切除範囲を決定します。

 

切除範囲が決定したら、その部位の切除を開始します。最初の段階の脳機能の評価は、脳の表面の機能のみでした。切除中にも脳深部の操作で機能障害が出現する可能性があります。ですので、切除中にも常に脳機能評価を怠らずに継続します。切除中に何らかの機能の障害が出現したら、術者の判断次第でそれ以上の切除を断念することになります。

 

手術中に脳の電気刺激をしていると、けいれん発作を起こすことがあります。けいれん発作が起きる前には脳波で異常を検知することができますし、けいれん発作かどうかがわからないときにも脳波で判断することもできるので、手術中には脳表に専用の電極を置いて脳波検査を続けます。発作が起きたらすぐに脳に冷たい水をかけるなどして対処します。大きなけいれんが起きると、覚醒下手術の継続が困難になるかもしれません。

 

覚醒下手術中、患者さんの覚醒の程度が不十分で機能評価がこなせないことをしばしば経験します。この辺りは麻酔科の腕が試されるところでして、この手術を遂行する上で、脳神経外科医の腕以上に、麻酔科医や脳機能評価に携わる医師の役割の方がより重要だと感じます。

 

脳機能に関連して、重要な脳の部位の切除が終了した時点、もしくは患者さんの疲労が蓄積して検査の継続が不可能と判断された時点で覚醒下の処置は終了します。以後、患者さんは再び眠りにつくことになります。次に患者さんが起きたときには手術が終了しています。