脳の病気まるわかり

– 脳梗塞に対する血栓溶解療法 –

 

血栓溶解療法とは

 

 

脳梗塞は、脳細胞へ向かう血管のうちの一部がつまることによって、一部の脳細胞が死んでしまう病気です。つまる血管は主に動脈です。

 

ひとたび動脈がつまると、脳細胞が虚血に陥り、酸素や栄養などが不足して、時間の経過とともに脳細胞が死に始めます。脳細胞の虚血に伴う症状は、早くて数十秒以内に始まり、細胞の壊死は虚血から3分程度すれば進行が始まります。血流が低下してからの時間経過とともに、脳細胞が死んでしまう範囲が広がっていきます。

 

どの程度時間がたてば死んでしまうかについては、かなりの個人差があります。1本の血管がつまってしまっても、他の血管からのバイパス(側副血行路)が発達している場合には脳梗塞にならないこともあります。

 

個人の脳の中でも、閉塞した血管の分布する範囲の脳細胞には、血流が全く足りずに死んでしまった脳細胞の周囲には、血流が不足して十分に活動はできずにいる細胞や、血流は十分とは言えないが、かつがつ活動している脳があります。こうした部分の脳細胞はまだ死んでいないので、血流さえ回復すれば元に戻ることができます。

 

そこで、血管につまって血管を塞いでいるもの(血栓)を溶かして、血流を再開することで、脳細胞が壊死することを防止し、脳細胞の機能を回復させようという試みが、「血栓溶解療法」です。血栓溶解療法は、動脈がつまってしまってからできるだけ早いタイミングで開始したほうが救うことのできる脳細胞も多く、症状の回復も良いと言えます。

 

 

組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)

 

 

実際に使われる薬は、組織プラスミノーゲン活性化因子(tissue plasminogen activator;t-PA)と呼ばれます。

 

アメリカでは1990年代半ばから臨床で用いられるようになったのですが、本邦では2005年10月にようやく承認を受け、t-PAを使用することが出来るようになりました。

 

それまで、閉塞した血管を再開通させて脳機能を回復させる治療は確立されていませんでした。t-PAの静脈注射は、点滴をするだけで虚血に陥った脳細胞への血流を回復させ、脳細胞を障害から救うことができるというもので、それまでの脳梗塞治療からすると画期的な治療法でした。

 

ただ、このt-PA静脈注射療法は”夢の治療法”ではないことも事実です。実際にt-PAを使用できるかどうかについては様々な制約があり、また使用できれば患者さん全てが恩恵を受けるとは限りません。

 

t-PAを使うためには様々な制限があります。まずは、時間的な制限です。t-PAは、発症から4.5時間以内に投与を開始された場合には、投与しない場合よりも改善する患者さんの割合が多いことがデータで示されています。現在、わが国でt-PAを使用できるのは、発症時間が明確であり、その時刻から4.5時間以内に開始できる患者さんに限られています(初期は、3時間以内に限定されていました)。

 

ただ、脳梗塞に陥った患者さんが病院に到着さえすればすぐにt-PAの使用を開始できるわけではありません。まずは、脳梗塞の診断が必要です。そして、t-PAを使用できる状態かどうかの様々な判断が必要です。病院に到着してから1時間程度は必要です。ですので、t-PAを投与できる可能性のある患者さんは、発症から3時間以内に病院に到着した患者さんです。

 

 

発症から治療まで

 

脳梗塞発症からの流れは、①発見 → ②(救急隊の)出動 → ③搬送 → ④来院 → ⑤情報収集 → ⑥方針決定 → そして漸く、⑦治療開始となります。

 

 

病院に到着してからの流れは、問診・診察 → 血液検査・画像診断 → 適応の評価 → 投与準備、投与開始になります。

 

問診では、発症前後から来院までの時間経過や状態の変化のほか、これまでに罹った病気や現在治療中の病気について伺います。診察では、現在の神経学的異常所見や血圧などを速やかに把握し、NIHSS(National Institute of Health Stroke Scale)に従って評価します。画像診断には、MRI/MRAもしくはCTで評価し、頭蓋内出血でないことを確認、また脳梗塞早期の変化を把握します。そして、t-PAを静脈注射する準備を整え、60分で静脈注射します。

 

投与開始後24時間以上は、脳卒中専門の病棟もしくはそれに準ずる施設で厳重に状態を把握します。

 

t-PA静注療法後に発症前の生活レベルまで回復できる患者さんは30%程度であり、残りの70%程度には何らかの後遺症が残るといわれています。また、太い動脈(主幹動脈)に詰まった血栓を溶かす率が低いことも報告されています。

 

 

t-PAの危険性

 

更に、t-PAは時として患者さんの状態を逆に悪化させることがあることも認識しておかねばなりません。

 

最大の合併症は出血です。特に頭の中に出血を起こす可能性には十分に留意しておく必要があります。脳梗塞に陥った組織は脆弱で、t-PAを使用していなくても出血することがしばしばあります。例えば、心原性脳塞栓の場合などでは脳梗塞に陥った後、閉塞した血管が再開通する場合がありますが、こういう場合に脳梗塞の部位から出血することはしばしば経験されます。脳梗塞の部位からの出血は、脳梗塞が大きいほど生じやすくなります。t-PAの投与後に出血を起こして症状が悪化する患者さんの頻度は、t-PAを使わない場合と比較して3~10倍とされます。更にいったん出血が生じてしまうと死亡率も高いと報告されています。

 

重篤な出血は、投与後24~36時間以内に起こりやすく、この間は、頻回の診察と血圧測定が必要です。一定以上の高血圧が続くようであれば、適切な降圧治療を行います。症状悪化時には画像診断を迅速に行い、頭蓋内出血があれば脳外科手術も含めた適切な治療を要します。

 

 

t-PA適応外 (禁忌):一つでも当てはまると使えない

 

発症~治療開始時刻 4.5 時間超
既往歴
・非外傷性頭蓋内出血
・1 ヵ月以内の脳梗塞(一過性脳虚血発作を含まない)
・3 ヵ月以内の重篤な頭部脊髄の外傷あるいは手術
・21 日以内の消化管あるいは尿路出血
・14 日以内の大手術あるいは頭部以外の重篤な外傷
治療薬の過敏症
臨床所見
・くも膜下出血(疑)
・急性大動脈解離の合併
・出血の合併(頭蓋内,消化管,尿路,後腹膜,喀血)
・収縮期血圧(降圧療法後も 185mmHg 以上)
・拡張期血圧(降圧療法後も 110mmHg 以上)
・重篤な肝障害
・急性膵炎
血液所見
・血糖異常(<50mg/dl,または>400mg/dl)
・血小板 100,000/mm3以下
・血液所見:抗凝固療法中ないし凝固異常症において
・PT-INR>1.7
・aPTT の延長(前値の 1.5 倍[目安として約 40 秒]を超える)
CT/MR 所見
・広汎な早期虚血性変化
・圧排所見(正中構造偏位)

 

 

t-PA慎重投与(適応の可否を慎重に検討する)

 

年齢 81 歳以上
既往歴
・10 日以内の生検・外傷
・10 日以内の分娩・流早産
・1 ヵ月以上経過した脳梗塞(とくに糖尿病合併例)
・3 ヵ月以内の心筋梗塞
蛋白製剤アレルギー
神経症候
・NIHSS (National Institute of Health Stroke Scale)値 26 以上
・軽症
・症候の急速な軽症化
・痙攣(既往歴などからてんかんの可能性が高ければ適応外)
臨床所見
・脳動脈瘤・頭蓋内腫瘍・脳動静脈奇形・もやもや病
・胸部大動脈瘤
・消化管潰瘍・憩室炎,大腸炎
・活動性結核
・糖尿病性出血性網膜症・出血性眼症
・血栓溶解薬,抗血栓薬投与中(とくに経口抗凝固薬投与中)
※ 抗 Xa 薬やダビガトランの服薬患者への本治療の有効性と安全性は確立しておらず、治療の適否を慎重に判断せねばならない。
・月経期間中
・重篤な腎障害
・コントロール不良の糖尿病
・感染性心内膜炎

 

 

 

脳梗塞 関連記事