脳の病気まるわかり

もの忘れ(認知症)

 

もの忘れと認知症

 

「昨日の夕食に何を食べたかな。」

 

「友人や、よく知っている有名人の名前がでてこない。」

 

人は誰しも年齡を重ねるにつれて、人の名前や過去の出来事などを忘れっぽくなったり、新しいことを覚えることが苦手になったりするのを感じるものです。しかし、「加齢によるもの忘れ(生理的なもの、老化現象の一部)」と「病的なもの忘れ(認知症)」とは、同じ現象の程度の違いを表しているものではありません。「もの忘れ」は老化現象という生理的な現象なのに対して、「認知症」は脳という臓器の病気であり、両者を区別しなければなりません。しかしながら、実際には両者の見極めは、時として非常に難しいものであります。

 

加齢に伴う生理的な物忘れの場合には、出来事の一部を忘れてしまいます。この場合、うっかり忘れたという感じであり、思い出せないのですが忘れたという認識はあります。例えば今朝、朝食を食べた記憶はあるのだが、「何を食べたか思い出せない」という状態です。この場合、記憶は脳に残っているため、何かのきっかけがあれば、思い出すことが出来る可能性があります。

 

これに対して、認知症によるもの忘れの場合には、行ったことや起こったことそのものを丸ごと忘れてしまうようになります。記憶自体が脳に残っていないので、ヒントを与えても思い出すことすら出来ません。また忘れたことを自覚していないのも特徴の一つです。「朝食を食べたことそのもの」を忘れてしまい、「ごはんはまだ?」と何度も催促するようなこともあります。認知症の人は忘れたこともわからないので、周りの人との間にトラブルが起きてしまいます。

 

 

認知症の症状の2つの側面

 

認知症の症状と言えば、どんなことを思いつきますか。

 

「認知症」=「物忘れ」、というように思いつかれる方は少なくないでしょう。それはあながち間違いではありませんが、実はそれ以外にも様々な症状があります。

 

認知症の症状は、大きく2つに分けることができます。

 

記憶障害は、脳細胞の障害によって直接引き起こされる症状です。こうした脳細胞の障害が直接の原因となって現れる症状を「中核症状」と言います。中核症状の主症状は記憶障害ですが、他にも思考力や判断力の低下、失語、失行、失認、実行機能の障害といった症状が含まれます。中核症状の現れ方は、認知症の原因疾患や、主に脳のどのあたりの神経細胞が障害されているかによって異なります。

 

認知症の患者さんでは、こうした機能が障害された結果、以前はできていた日常生活における些細な行為にも支障をきたし、行動が的外れでちぐはぐなことになってしまいます。こうしたトラブルが積み重なった結果として起こりえる諸症状を「周辺症状」と呼びます。周辺症状は、行動・心理症状(Behavioral and Psychologicay Symptoms of Dementia; BPSD)とも呼ばれています。

 

周辺症状には、うつ・妄想・睡眠障害・暴力・暴言・幻視・不潔行為・幻覚・妄想、徘徊などがあります。周辺症状は性格や資質・ライフスタイルや人間関係、生活環境などの様々な要因によって引き起こされる症状であり、人によってその現れ方にはかなりの個人差があります。

 

 

中核症状って?

 

中核症状とは、脳の神経細胞の障害が直接の原因となって起こる症状です。認知症の症状進行とともに普遍的に現れるようになるものです。以下のようなものが挙げられます。

 

 

記憶障害

 

認知症の最も代表的な症状として、記憶障害が挙げられます。

 

認知症の初期段階には、新しいことを覚えることが苦手になります(記銘力の低下、短期記憶の障害)。ついさっき聞いたばかりのことでも脳に入力されないので、同じ質問を繰り返すようなことが生じます。「今日はどこに行く予定だったかな」と聞かれて教えたばかりなのに、10分後にはまた同じ質問をするといった具合です。

 

認知症による「物忘れ」と、認知症のない人の単なる「物忘れ」の違いの区別は、認知症の初期には大変難しいものですが、幾つかの判断材料があると思われます。

 

1. 単なる「物忘れ」は一時的で飽くまでその時だけのものですが、認知症による「物忘れ」の場合には同じような「忘れる」経験を繰り返すようになります。

 

2. 周囲の人から過去の記憶の誤りについて指摘を受けて思い出すことができた場合には、単なる「物忘れ」の可能性が高いです。一方、認知症によるもの忘れの場合には、その人の頭の中に知識や経験が丸ごとすべて脳に記憶されていないので、思い出しようがありません(認知症による「物忘れ」では、「昨日、外出した」「さっき、昼食をした」などといった出来事自体を丸ごと忘れてしまいます)。

 

3. 認知症の「物忘れ」は進行性ですので、周囲の人からすると以前とは変わったという印象を受ける可能性があります。

 

一方、認知症の方においても、初期には脳機能が正常だった頃に憶えた古い記憶については保たれているものです。しかしながら、こうした古い記憶も症状の進行とともに次第に失われていきます。

 

最も失われやすいのは、「エピソード記憶」です。そして、症状が顕在化していくに従い、「意味記憶」も失われて行きます。一方、「手続き記憶」はかなり重度の認知症の人でも失われづらいことが知られています。

 

 

見当識障害

 

「見当識(けんとうしき)」とは、時間(年・月・日・曜日)、場所・人など、自分を取り巻いている基本的な状況を把握する能力のことをいいます。例えば、今が「いつ」で、ここが「どこ」なのか、そして自分や周囲にいる人が「誰」なのかが分からなくなります。

 

初期には、日付や時間の見当識が薄らぎます。日付や時間というのは日々刻々と変わりゆくものであり、記憶障害があると変化に対応して覚えることが出来なくなってしまいます。

 

そうなると、決められたスケジュールに合わせて行動することができなくなり、約束を守ることもままならなくなります。進行すると季節、年次を把握することが難しくなります。

 

認知症の方が一人で外出したまま迷子になってしまい、自宅に帰ってこられなくなるケースも珍しくありませんが、これも場所に関する見当識が障害されるのと関係しています。

 

認知症の進行に伴い古い記憶も失われるようになると、自分の年齢が分からなくなり、しばらく会っていない家族や知人が誰だかわからなくなります。また、自宅や入所中の施設での生活においても、トイレの場所が分からなくなったり、トイレから自室に戻れなくなってしまったりします。重度になると、自分の誕生日や名前すらわからなくなります。

 

 

計算力障害

 

計算能力も低下します。典型的には、二桁の引き算や足し算が容易でなくなります。その結果、買い物でおつりの計算ができなくなったり、支払う金額を間違えたりして、金銭管理すらままなくなってしまいます。

 

 

理解・判断力の障害

 

認知症になると、ものを考える能力にも障害が起こります。考えるスピードが遅くなり、二つ以上の事柄が重なると上手く処理できなくなります。考える内容が複雑になると混乱して判断がつかなくなります。質問や課題はシンプルなものにして、結論を出すまでに十分な余裕を与える必要があります。

 

生活の中でのちょっとした変化や、いつもと違う出来事が起きると、混乱をきたしやすくなります。

 

観念的、抽象的な事柄が理解できなくなり、こうした概念と現実的、具体的な事柄との結を結び付けて考えることができなくなります。「お腹減った」と言われても食べ物を用意するという発想に結びつかなくなり、「体が冷えないようにしましょう」と言われても厚着をしたり暖房を付けたりするという行動に結びつかなくなります。他にも、目に見えない機械の仕組みが理解できなくなるので、家電製品、リモコン、携帯電話、電車の自動改札、銀行のATMの操作にも戸惑ってしまうこともあります。

 

 

遂行機能障害

 

遂行機能(実行機能)とは、ある目的を達成するために行う一連の作業を要領よく実行する機能のことです。一言で言うと「計画」、「段取り」をする能力のことです。遂行機能障害が生じると、普段当たり前に行っていた様々な作業ができなくなってしまい、生活の多方面に渡って様々な問題が生じます。

 

例えば料理、買い物、運転、仕事などはいずれも、いくつかの単純行動を順序よく組み立てて成し遂げられるものですから、実行機能の障害により、支障が生じます。

 

例えば、料理の段取りが悪くなると、カレーにいつも入れているじゃがいもやニンジンを入れ忘れたり、料理の味付けに必要な塩やこしょうなどの調味料を入れることを忘れたりするかもしれません。また、料理の手順そのものも間違ってしまうかもしれません。結果として、料理の味にも影響が出ます。

 

買い物においては、適切な店で複数の必要な物を買うことが出来なくなります。趣味においても、自分で計画を立てて旅行に行ったりすることが出来なくなります。

前頭側頭葉変性症で典型的にみられますが、その他の認知症でも見られます。

 

 

失認

 

失認とは、五感(視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚)に関わる感覚機能の障害はないのに、対象を正しく認知・認識できないことです。感覚器から入ってきた情報を、脳が正しく処理できなくなると生じます。視力は悪くなく見えているのに、見ている物体の形や名前などが分からなくなります。歯ブラシやリモコンを見てもそれをどう使うのかがわからなくなるということが起こりえます。

 

 

失行

 

運動機能に問題はないのに、それまで当たり前に行っていたような日常生活動作が分からなくなります。例えば、洋服の着方がわからない(着衣失行)、ボタンがかけられない、ライターの火のつけ方が分からない(観念性失行;道具の使い方が分からない)などといったことが起こりえます。

 

 

失語

 

失語とは、言葉の理解ができないこと、しゃべりたい言葉がしゃべれないことです。ものの名前が出てこなくなり、読む、書く、聞く、話すといった言語機能が失われていきます。

 

 

 

現在、中核症状を完全に治すことはできないとされています。進行を遅らせることができても、ストップさせることはできないのです。

 

 

周辺症状(行動・心理症状、BPSD)

 

「周辺症状」とは、認知症の症状の基盤をなす「中核症状」が原因となって二次的に起こりえる症状です。中核症状は全ての患者に普遍的に出現する症状ですが、周辺症状については強く出ている人と目立たない人とがいます。近年では、「BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:行動・心理障害)」とも呼ばれます。

 

認知症の方は、障害された知的機能を頼りに日々の生活を送らなければなりません。船で例えると、壊れた方位磁石を頼りに航海を続けるようなものです。

 

中核症状の進行に伴って記憶力、見当識、判断力が低下すると、自分を取り囲む状況に関して、周囲の人と認識にギャップが生じてしまいます。すると、周囲の状況に対する認識に混乱が生じてしまいます。理解力が低下するに従って周囲の人とうまくいかないことが増えてきて、戸惑いや不安は増していきます。認知症患者さんが日常生活での失敗を繰り返すようになってしまうと、不安、焦燥、抑うつ、怒り、興奮が出やすく、また妄想が膨らみやすくなります。その結果、第三者から見たら異常としか思えないような言動が見られるようになってしまうのです。ひとたびこういう方向に進んでしまうと、それが周囲との軋轢が増えてしまい、結果的に更に不安が増長し、症状がエスカレートしてしまいます。

 

例えば、自分の持ち物が探しても見つからないときに「盗られた」と主張したり、自分の住んでいるところに関する見当識がなくなって「帰る」と言って聞かなくなったりして、トラブルになります。すれちがいが過度になると、暴言を吐いたり、暴力をふるったりするようになるかもしれません。

 

このように、周辺症状はその人の性格や置かれている生活環境、人間関係などの様々な要因が絡み合って起きるものです。そのため、症状は人それぞれ異なり、また接する人や日時によっても大きく変わってきます。中核症状が認知症の進行に伴い、初期⇒軽度⇒中等度⇒重度と進行性の経過を辿るものであるのに対して、周辺症状については中等度以上の認知症で症状が急変することも特徴として挙げられます。

 

初期では不安や気分の沈みといった精神症状が目立ちますが、中等度になると幻覚や妄想などが出現しやすくなります。物盗られ妄想は初期のころから現れやすく、抑うつや不安感も比較的早期に出現しやすいといわれています。一方、幻覚妄想や徘徊は中期に多く見られる傾向があります。異食などは、認知機能の低下が進んだ後期によく見られます。

 

 

うつ・抑うつ・意欲低下・感情不安定

 

認知症のため以前はできていたことができなくなると、自信がなくなり、結果として気分が落ち込んでしまい、またものごとへのやる気も失われます。

一方、認知症の症状よりも抑うつの症状が目立つこともあり、うつ病なのか認知症なのかの区別が難しい場合があります。老年期のうつの場合には、うつ病の他に認知症を疑うべきだとも言えます。

 

認知症において抑うつ状態が見られる患者さんは3-4割にも上るといわれていますが、うつ病患者さんと比較するとうつ症状は軽いようです。

 

その他、認知症になると焦燥感や不安感が強くなって感情が不安定になることもあります。

 

 

不眠

 

夜に眠らなくなります。昼と夜の生活リズムが乱れて、昼に寝てしまい、逆に夜には眠れなくなってしまう場合があり、昼夜逆転と呼びます。

 

 

徘徊

 

彷徨いながら歩き回ることです。認知症患者さんは、見当識障害のためトイレや散歩に出かけたまま、自分の家や部屋がわからなくなり、戻れなくなります。戻り方が分からない場合のほか、自分が育った家や大切に受け入れられた覚えのある場所を目指してさまよい歩く場合もあります。

 

 

幻覚・妄想

 

事実とは異なることを信じ込むのが妄想です。最も代表的なものが「物盗られ妄想」です。財布など、大切なものを置いた場所を忘れてしまって分からなくなると、嫁やヘルパーさんなど、身近な人が盗ったと信じ込んでしまいます。

 

実際には存在しないものが見えたり聞こえたりすることを幻覚と言います。虫、小動物(猫やネズミなど)、人(子供、亡くなった夫、知らない人など)などの幻視が多いと言われています。

 

認知症の原因の一つである「レビー小体型認知症」の特徴の一つに幻視があります。レビー小体型認知症の約80%に幻視がみられるともいわれます。具体的でありありとした幻視が起こるようです。

 

 

異常行動

 

症状が重度になると、周囲がまったく理解できない無意味な行動をとるようになります。便まみれになるなどの不潔行為や、性的な問題行動を起こすこともあります。

 

 

食行動異常(異食)

 

認知症が高度になり、認知機能が低下すると、食べられない物を口に入れてしまうようになります。

 

 

介護への抵抗

 

認知症患者さんは、病状の進行とともにだんだんと自分でいろいろなことができなくなってしまいます。また、周囲の人の理解が得られず、自分の要求が受け入れられないことが増えてしまうかもしれません。そうなると、不満や不安が蓄積して、介護者からの働きかけを拒絶、抵抗するようになってしまいます。

 

食事や入浴を手伝ったり、薬の服薬やトイレを促したりしても受け入れなくなります。

 

特に、認知症の方に対してプライドを傷つけられるような対応を取ってしまうと、介護者への信頼をなくしてしまい、その人からの介護を拒絶するようになってしまうかもしれません。

 

 

暴力・暴言

 

認知機能が低下して、周囲の人からいろいろな間違いや誤りを指摘されたり、否定されたりすると、ストレスが溜まります。溜まったストレスがエネルギーとなって暴言を吐いたり、暴力にまで発展してしまうことがあります。

 

周辺症状に対しては、なるべく早い段階での適切なケアが大切です。

 

 

 

周辺症状の多くは蓄積した不安や不満を打開するための行動の裏返しですので、症状の原因となっている要素を取り除くことが改善への糸口になります。認知症の中核症状の進行を抑えることは難しいものですが、適切な介護・ケア方法を行うことで、周辺症状を発症させなければ、進行期の認知症に対する介護も楽になります。

 

なお、激しすぎる周辺症状が発生した場合、やむを得ず向精神薬等を用いて鎮静化させることもありますが、なるべく使用しないに越したことはありません。